さらつま日記

サラリーマン妻日記。日々のこと、子育てのこと、考えたことを書いてます。

日本航空安全啓発センターに行ってきた感想

先日、日航安全啓発センターに行ってきた。

 

1985年に起きたJAL123便の御巣鷹墜落事故の教訓とこれからの空の安全運行への誓いを込めた研修施設になっており、日航の社員研修にも組み込まれている。予約制で一般の人の見学も可能。

www.jal.com

 

以前、山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んで、大きな衝撃を受けた。

 

うちの父は一人で釣りに出ていて亡くなったんだけど、母がよく、「うちの父ちゃんが船で誰かを釣りに連れていって事故にあったとかじゃなくて、父ちゃん一人のことで他の誰かを巻き込んでも巻き込まれてもなかったのが救い」というようなことを言ってた。

 

もしそうでなければ、残された人の苦しみっていうのは、本当に計り知れない。

誰かを憎んだり恨んだりっていう感情ほど人を疲弊させるものはないから。

 

航空機事故というのは、それこそ一度起きれば多くの人の運命を一瞬にして変えてしまう。

 

 

私がこの研修センターを訪れた日は、他にも20数名の見学者がいた。しかもほぼ皆さんスーツ姿。どこかの企業の社内研修で来られてる感じ。

荷物を全て預けて、中に案内される。

 

www.youtube.com

 

 事故の原因となった修理ミスについて、事故機の残骸の各部の説明、どのような経過をたどって123便が墜落したのか等の説明がある。研修時間は約1時間20分で、その大半がここら辺で費やされる。

最後の30分だけ自由に展示を見て回れるんだけど、正直これはぜんぜん時間が足りなかった。乗客が身につけていた遺品や遺書は、一つ一つ時間をかけて見たかった。墜落した時刻で止まったままの時計、衝撃でフレームの曲がったメガネ。大変な揺れの中、必死に書かれた最後の家族へのメッセージ、見ていると涙で視界がにじむ。客室乗務員の方の緊急着陸に備えたメモはプロ意識そのもの。彼女の落ち着いた態度は少なくとも乗客にとって最後の希望だったに違いない。

 

www.asahi.com

www.goennet.ne.jp

 

 

自由見学の時間、案内人の男性に疑問に思ったことを尋ねてみた。

修理を担当したボーイング社の担当者は、アメリカの法律で守られておりその責任は問われない。日本側から事情聴取すらできない状況だったとのこと。

それでも、素人から見ても、そんな修理の仕方、普通に考えてもまずいよねと思うようなやり方なのに、どうしてプロであるはずの人間がそんなミスを犯したんだろう、って。案内人の方も言葉に詰まりながら「担当者が何か勘違い、したか、としか考えようがないです」っていうようなことをおっしゃった。

 

勘違い?

 

なんかその説明、すごく違和感があった。昔、うちの叔母の土地に県の土木事務所が勝手に防災用の壁作っちゃって、その時の土地の所有者の確認の仕方ってのが、「その土地の隣に住んでいた人に尋ねた」所、その人が「自分の土地」と(嘘)言ったのを鵜呑みにしてしまったというもの。今は手続きの仕方が変わってそういうことは起きないようになったらしいんだけど、土地の権利書も何も見せてもらってないのに?って問い詰めても、「担当者のミス・勘違い」としか説明のしようがないです、って同じようなことを繰り返し言われるだけだった。

 

ましてや500名以上もの人が亡くなった航空機事故の原因となったような修理ミスの原因が「勘違い」で済まされるわけがない。

なぜそんな勘違いが起きたのか、なぜその一人の担当者のミスが重大ミスにならないようなシステムがなかったのか、この辺のことって、なんだかいつも曖昧になったままな気がする。

 

この日知ったことでもう一つとても驚いたことがある。

あの事故の後にできた「機付整備士制度」がすでに廃止されていたことだ。正確には、廃止ではなく「機付整備士制度」の流れをくむフィールドエンジニア体制が作られた、というようなことが説明画面に出てきた。

この機付整備士制度は、空の安全を誓った事故後の象徴的な制度だったはず。安全を第一に考えたゆえの制度だったはず。それが、もう廃止?

機付き整備士廃止批判

 

なんだか、機体の仕組みやら、当時修理がどのように行われていたかや、墜落までの状態、事故後の改善点なんかは非常によくまとめられてて説明も確かにわかりやすかったんだけど、ここを訪れる人たちはそこのところを中心に話を聞きに来てるのかな。

人間は間違いをおこすもの、っていうことを前提に、どうやったらそれを防ぐことができるのか、あの事故から何を学んだのか、もっと普遍的なことを私は聞きたかった。

 

「命が第一。安全が第一。お客様を無事に目的地に届けることが第一。」こういう言葉を繰り返すだけでは、本当に大事なことは伝わらないんじゃないかな。

 

どこかの政党の「国民の生活が第一」みたいな感じと同じような軽さを持って聞こえてしまうんだよ。

 

今も世界中で相変わらず起き続ける航空機事故。

 

JALもまた、過去の過ちから、乗客の命から学んだことを忘れずに、日々、多くの人の人生を乗せた飛行機を、どうか安全に飛ばしてほしい。

 

過ちから学ぶことって本当にたくさんあるけど、時が経つにつれてその過ちを忘れてしまったら、絶対同じことを繰り返すから。

 

忘れないこと、って結構、難しい。